自分から離れる良さ

雨季です。。。。。。。。。。。。。



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まぁね…

神々しさや 品格なんて個人のコッテコテの見解に過ぎないけど


昨年夏、いつものように他人の家の庭を眺めながら買い物にでかけたら

歩道に沿って咲いてる八重の薔薇が かっすかすになった私の心を癒してくれるのだけど

気がつけば茶色く崩れた花が根本に落ちてて(なんて綺麗なんだろう!)と衝撃を受けた

私に何が降りてきたのか笑)  震えるような気持ちで止まって見てた

もしかしたら 視覚の不具合かもしれないし

猛暑の疲れや、賃貸探しの際の差別などの哀しみが心を蝕んでたのかもしれない

それでも茶色く崩れた薔薇に二度の美しさを感じれる お得な気持ちになったのは嬉しいこと

精神世界 マイワールドは自分だけのもの 時にはそこに入り込むことで救われる

自分が思う『皆と同じ』になる必要は全くない 他人と同じになろうとすれば必ず葛藤する

だいたい自分じゃないもの…

それでも一人や、自分の意見が極少数だということに不安になるのだろうね

多数派、少数派 マジョリティー、マイノリティー にどういう意味があるのか分からない

それを振りかざす人は、大抵うしろに多数派がいる事を見逃さないことだよね

何かを始めるのに『人と同じことをしてて新しい道は開けない』みたいな事書いてる本は

昔から山積みに出てるのだ 

斬新でセンセーショナルに見せるテクニックも それほど昔と変わっていない 

元号を3つ経験しようとしてる人は そういうの結構見てるかも


♪まわるまわるよ時代は回る

だから文字が読める人は、本を読むといいな…と思う それは既にどこかに書かれてるから

私がもし病気前のときみたいに本を読めるようになったら PCの時間は十分の一になると思う

それ以前に自分の書類を書けるようにならなくちゃいけないけど(_ _。)

数冊買って読まずにいた本も売ってしまったのは ある意味スッキリ仕切り直し

何か無心にしたい たか坊の新しいハンモックも手作りしようかな

思いつけば…人って 自分から離れることがとても精神にいい感じ

好きな人のためにセータ編む(古い?私は編めない)とか うちの猫に何か作るとか

一食抜いて花を飾ろう」みたいな 気持ちは至福だとか

誰かの不自由を考えてみようとか 少しの感謝を思い出してみようとか

綺麗事のつもりじゃなく 自分の苦しさの経験として

そういうような…生意気なことを…自分の頭のハエも祓えない私が言って

身内に甘えて言葉を選ばず だった自分はそこは間違ってる

(╥_╥)メールしても返ってこないとか、電話しても出ないとか一昨年あったのに

これが実は凄く…ダメージ

結局 泣き言で書き終わるけど 

本を読もう

何も新しくないことが きっと分かる

温故知新? ちょっと違う気もするけど そんな感じ







rera